「……え?」
 本当に、魔法のようだった。
 突然何かが、その赤い光の中から現れた。
 今度こそ頭の中が白くなった。
 俺には、ソレが男の姿をしていることしか理解出来なかった。

   ぎいいいいいんっっっ!

 それは現れるや否や、心臓を貫こうとする槍を弾き、その持ち主へと踏み込んだ。
「くっそ……マジか。
 七人目のサーヴァントだと……?」
 槍を弾かれた男は小さく呟く。
 それに対するのは、両手剣を操る男。
「く――――」
 不利だと悟ったのか、槍を持ったまま、男は一瞬にして土蔵の外へ飛び出していった。


 逃げる男を一瞥し、ひとまず安心だと判断したソレは、とても静かにこちらを振り返った。

 雲が流れ、今まさに月が現れていた。
 その月の光は鋭く土蔵に差し込んでいる。月光に映し出されるのは、赤い外套を纏った一人の男だった。
「――――」
 全く、言葉が出なかった。
 突然の事に混乱しているわけじゃない。
 寧ろ頭は普段よりも冷静なくらいだ。
「――――」
 何故か。何故か俺は、その男を知っている気がした。自分の肌とは異なる黒い肌に、月の光に照らされ、銀色に輝くその髪。
 これほどの人物なら、一度見たのなら覚えてそうなものだが……
 男は鋭い両眼で俺を見据え、
「……貴様が、私のマスターか?」
 どこか冷たさを含んだ声色でそう言った。
「え?……マスター……?」
 オウム返しのように、その単語を繰り返した。
 何を言っているのかも、何者かも判らない。
 ただ俺に判ることは―――この男も、あの槍の男と同じ存在であるという事だけだった。
 男は黙ったまま。ジッと俺を見ているだけ。
「あ…」
「私はアーチャー。お前が私のマスターなのか」
 二度目。その、アーチャーという言葉を耳にした瞬間。
「あ―――っ!」
 左手に痛みが走る。熱い、焼きごてを押されたような、そんな痛みだった。思わず左の甲を押さえつける。
「……令呪。やはりお前がマスターか。我が力をもって、勝利をお前にもたらそう。契約は完了だ」
 男は頷き、告げた。
「な、契約――!?なんの――――」
 俺も、魔術師の端くれだ。その言葉の意味するところは大体理解出来る。
 だが外套の男は、俺の問いには答えず、先ほどよりも更に鋭い眼差しで、土蔵の扉を見る。
 ――その奥には、槍を構えた男が佇んでいた。

「――――」
 まさか、と思うよりも早かった。
 外套の男は、躊躇うことなく外へ躍り出た。
「!」
 自分の体の痛みを忘れ、立ち上がって後を追う。
 敵うワケがない。
 所詮、槍とはリーチが違いすぎる。それなのに、そんな無茶をするなんて――――
「ちょっ―――」
 呼び止めようとした声は、その音に遮られた。
「――――!」
 衛宮家の庭は、既に庭ではなくなっていた。
 そこは……戦場。
 男たちは互いの得物をぶつけ合い、火花を散らしている。
 ここを戦場といわずに、なんというのか。
 なんでさ?
 アーチャーと名乗った男は、リーチの差など関係がないくらい、槍の男を圧倒している。

   キィィンッッ!

 いきなり、外套の男の右剣が弾かれた。
「はっ、間抜けが」
「――――」
 だが、全く慌てる様子もなく、なお槍の男に向かっていく。
「あ―――!」
 なんて無謀な。俺は声を上げようとして……飲み込んだ。男の右剣は飛びかかると同時に、男の手の中に戻ってきていたのだから。
「チィ――――!」
 憎々しげに舌打ちをし、後退し、手にした槍を構え直し、狙われた脇腹を防ぐ――――
「テメェ、変な真似しやがって……!」
「ふ。弓兵ごときにそんなに遅れをとっていいのか、ランサー」
「……は、馬鹿にすんな。
 すぐに決着をつけてやる。だがその前に一つだけ聞かせろ。
 テメェ、弓兵のくせになぜ剣士の真似事なんぞしているんだ」
 大きく後退した槍の男―ランサーといったか―は問う。
 二人の間の間合いは、かなりの距離がある。
 アーチャーの目つきが一層鋭くなった。
「さあ、な。少なくとも貴様に教える筋合いはないがな」
「ぬかせ、腑抜けが」
 フッと空気が震えた。この冬の張りつめた空気が、弦を弾いたように震えたのだ。
 その原因はおそらくランサー。
 槍を僅かに下げたその構えは、数時間前に見たばかりだ。あの戦いの最後を飾る筈であった、必殺の一撃。
 ランサーはもう一度小さく笑い、
「ついでにもう一つ。ここらで分けにする気はないかい?」
「――――」
 答えはない。まるで本意を探っているようだった。
「悪い話じゃなかろう。
 あそこにいるマスターは使い物にならねえし、オレのマスターとて姿をさらせねえ大腑抜けだ。
 オレとしては、オマエとは万全の状態で戦いたいが。どうだ?」
 こちらの黙りを肯定と受け取ったのか、ランサーから出ていたおびただしい殺気が幾分薄れたように感じた。
「ま、それが正しい選択だろう。
 坊主は何も理解しちゃいねえし、オレだって様子見の予定だったからな…追ってくるなら、決死の覚悟で来いよ、アーチャー」
 トン、と軽く跳躍し、 いとも簡単に塀を飛び越えていったランサーは、瞬く間に消え去った。
 残ったのは俺と、外套の男だけ。
 近寄ってくるソイツに、俺は身構えていた。
「――――おまえ、何者だ」
「…む。そちらが勝手に呼び出しておいて、その言いぐさは心外だな。私はアーチャー。それ以外のなんでもない」
 表情を変えぬまま、男は言った。
「アーチャー…?」
「ああ、そうだ」
 状況は飲み込めていないが、相手が名乗ったのだから俺も名乗った方がいいよな?
 いつまでも黙っているのは失礼だろう。
「……俺は士郎。衛宮士郎、この家に住んでいる」
 名乗ってどうなると言うんだ、衛宮士郎。
 相当混乱している。そうとしか考えられない。
「―――衛宮、士郎」
 アーチャーは真っ直ぐに俺を見据えたまま、確認するように、俺の名前を呟いた。
「……く。こんなことがあってたまるか」
「アーチャー?」
「……いや、すまない。独り言だ」
「訊きたいことがあるんだけど……」
「解っている。お前は正規のマスターではないからな」
 意味が掴めない。なんだ?
「だが、今はゆっくり説明出来ない。
 とにかく契約をしてしまった以上私はお前を裏切らない。マスター」
「え……?」
 全くちんぷんかんぷんだ。何が言いたいのかすらわからない。
「と、とりあえず!そのマスターってのをやめてくれ。そう呼ばれるとむず痒いんだ」
「……わかった。では士郎と。それなら構わぬだろう」
「う、ああ…」
 いきなり名前を呼ばれるとは思わなかった。何からなにまでこいつは突然すぎる。
「―――熱っ…!」
 先ほども火傷のような痛みが走った左手の甲が、まるで発火しているかのように熱くなった。
 そして、そこには入れ墨のような、おかしな紋様が刻まれてる。
「それは令呪と呼ばれるもの。サーヴァントを律する三つの命令権だ。無闇やたらに使うな」
「ちょっ……!」
 もっと順を追って説明しろ。
 そう告げようとした瞬間―――
「―――黙れ」

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