「あっ、見て!!力が・・・満ちたんだ!」
緑の守護聖・マルセルは、自分が力を送ったことで球体に力が満ち、それと同時に新宇宙の誕生を目の当たりにしていた。
「なんだぁ!?じゃ、今日はオレの力はいらねえってワケか。せっかく・・・」
「せっかくお嬢ちゃんにプレゼントしてやろうと思ったのに、か?」
「ばーか。おめーとオレは違うんだよ!」
「おや。俺の言ったお嬢ちゃんってのはコレットのほうだったんだが、違ったのか?ゼフェル」
「やめなよ、ゼフェル。オスカー様もあまりからかわないでください」
「ははは、すまんすまん。からかいがいがあるものでな」
「とにかく、僕は女王陛下に報告に行ってくるから。ゼフェル、先に帰っててくれる?」
「わーったから、さっさと行けっての」
「じゃ、チュピ。いこっか!それではオスカー様も、お先に失礼いたします」
マルセルが去った後、ゼフェルも程なくオスカーと別れて自分の私邸へ帰り、再び地下室へと籠もった。
「・・・マルセルが送ったのは、コレットのほうから頼まれたのだよな・・・」
気分が憂鬱だった。新宇宙の誕生の瞬間を、ゼフェルも見ていたのだが、本当は喜ぶべきその瞬間は、ゼフェルにとっては邪魔者以外の何者でもなかった。
数日前に王立研究院に訪れ、球体の様子を視察していた。その時すでにコレットとレイチェルの比率は、3:1だったから、どうあがこうがレイチェルは勝てるすべはなかった。
「ケッ。ま、どうなろうとオレはしらねーけどよ・・・」
ゼフェルは、作業机とは別の机の上に置いてある資料の内の一枚をとり、じっと眺めた。それは今回の試験の女王候補についての資料の一部だ。
現女王陛下と同じ名前を持った、アンジェリーク=コレットの顔写真を見ていたのだ。
気づかぬうちに撮られたのかなんだかは知らないが、そこに写っている笑顔は自然なモノだった。初めてこの写真を見たとき、どんなヤツなのか興味を持ったのだ。
しかし、その後の対面の時には、その笑顔を見れなかった。彼女は隣にいるレイチェルを意識してか、ガチガチに緊張していたのだ。
『・・・ア、アンジェリーク=コレットです・・・皆さん、宜しくお願いします・・・』
そう消え入りそうな声で自己紹介をする彼女を見て、なんだか不思議な感じがした。けれど、別にいやな感じはしない、むしろ嬉しいような暖かいような感じで・・・・。
彼女は内気なタイプなのか、終始顔を真っ赤にして俯きかげんだった。それを見てつい、くすっと笑ってしまった。
そしてその次の日から、女王試験が始まった。
コレットがゼフェルの所へと訪れたのは、本当に一番はじめのことだった。そして育成を頼んできた。
『あの・・・育成、たくさんお願いします・・・』
自己紹介をしたときと同じように消え入りそうな声で微かに言ったコレットは、そのまま話も聞かずに、執務室を飛び出していった。
『なっ!?ちょ、ちょっとまてよ!』
何事かと思い、慌ててコレットの後を追いかけた。あのとき何で追いかけたかは、自分でもよくわかっていない。自分が何かしたせいなのか?
そう疑問に思ったせいで、追いかけたのか・・・とにかくあのときは心底驚いた。今まで色んなヤツを見たけど、あんなヤツは初めてだ。
だが、その後理由を聞くとただ人と話すのが極端に苦手。本当にそれだけの理由だったらしい。
「なんでだろーな。何であいつに興味もったんだ?」
ポソッと独り言を呟く。ゼフェルは今まで、女の子に興味をあまり持たなかった。しかも、ああいうメソメソしている女は問題外だった。
すぐ泣くヤツは面倒くさいし、泣いた泣かせたと騒がれるのも好きじゃなかった。
「・・・ま、いっか」
「コレット?いるじゃないの。いるなら返事してよね、もう」
「ごめんなさい、レイチェル」
コレットは今、土の曜日に必ず行くと定められている、王立研究院でのアンフォルシアの視察にいってきて帰ってきたところだ。
ほんの少しゴタゴタしていたので、レイチェルが来ていたことにも気づかずにいたため、慌てて謝った。
「何でそんな丁寧に謝るの?ワタシ達、友達じゃない。もっと気楽に行こうよ、ネ!」
「うん・・・ありがとう。ところでレイチェル、何か用?」
彼女レイチェルにこの部屋にきた理由を問う。
「あのね、新宇宙ができたお祝いに、パーッと騒ごうかなと思ってサ。ね、いいでしょ?」
「うん。じゃあ、何か用意するから座ってて」
「それにしてもさ・・・・・・今回の女王試験が、まさか新しい宇宙の女王試験だなんて、ホント、驚きだよネ」
「うん・・・すごいことだよね。私達が宇宙を創っていくなんて・・・」
そう言ったコレットの顔をレイチェルはじっとのぞき込む。
「コレットって、すっごく可愛いよね〜」
「そんなこと無いよ・・・」
本当のところコレットは顔を見られるのが苦手だった。しかしレイチェルは人と話すとき、大抵目を見て話すから、
ここ数週間の間でコレットもだいぶ慣れてきた。しかし、可愛いと言われるのは初めてだ。
「ううん。そんなこと無いって!コレットはとっても可愛いよ。だって、ワタシが男だったら絶対に口説いてるよ!
ああ、もうきっと守護聖様や教官の方々はアナタの虜ね〜」
「・・・あの人もそう思ってくれてるのかな・・・?」
小さな声で呟いたコレットの独り言を、レイチェルは聞き逃さなかった。
「え〜?もう意中の人がいるの?ダレ?!」
「えっ!!い、いないよ!」
「誰にも言わないから、ネ!!」
「・・・あのね・・・」
レイチェルに押し切られて、仕方なしにコレットは彼女の耳元で小さく呟いた。
「・・・ゼフェル様・・・」
「ほんと?!ふーん・・・」
「誰にも言わないでね」
「わかってるって!ワタシを信じて、ネッ。だってワタシは女王補佐官になる女ダヨ。秘密ぐらい守れなきゃ!」
レイチェルの言葉に、コレットは目を丸くする。彼女は自分で女王補佐官になると言った。
「え・・・?どうして?!女王になるんじゃ・・・」
するとレイチェルはコレットの額に自分の額をくっつけた。
「いい?ワタシはアナタを認めたの。ワタシよりアナタのほうが女王に向いてるって思ったの。別に能力がどうとかじゃないの。
アナタのほうが、絶対に女王に向いてるって!やっぱり人の上に立つ人は、ワタシみたいのじゃなくて、アナタみたいな人がふさわしいと思うの。
ネ、頑張ってくれるよね?」
「でも・・・」
「ワタシは絶対、ロザリア様みたいな仕事のほうが性に合ってると思うのね。それに、アナタのお手伝いができるのって嬉しいんだよね。
アナタはワタシが補佐官じゃ不服?」
「そんなこと!!」
コレットは声を張り上げて否定した。
「じゃ、いいよね!これからも頑張ろうね!」
次の日から、コレットとレイチェルはともに育成に励んだ。
徐々に新宇宙の空には惑星が増えていっていた。その育成ぶりには守護聖のみならず、女王補佐官のロザリアも驚きを隠せなかった。
「あー、近頃のあの二人はすごいですねー」
「ホントホント☆なんか、いっつも二人一緒にいて、なーんか最強タッグを組んだって感じ☆」
「ええ。二人で協力して・・・っていうのは私達の頃は全くなかったわね・・・」
ロザリアは少し悔しそうだった。今は女王と女王補佐官として落ち着いてはいるが、候補生の頃はライバルとして抜きつ抜かれつ、競っていた。
争いの中で友情が生まれたが、やはりまだ少し抵抗感はある。特にリモージュは・・・
「あー、いいじゃないのですか?あなた達はあなた達の友情というものがあるのですからねー。
あの二人の場合は、レイチェルが自分が補佐官としてのほうが、性にあっていると思ったから、協力してやっていっているのですから」
「・・・ケッ。どっちだろうとかまわねーさ。オレには関係ねー」
「ゼフェル、ダメだよ。そんなこといっちゃ・・・・」
今まで黙って聞いていたゼフェルは、吐き出すようにそういった。それを隣にいたマルセルが諫める。しかしゼフェルはそのまま部屋を出ていってしまった。
(・・・胸くそ悪ィ)
ゼフェルは私邸に帰る道程をエアバイクで走っていた。昼間ロザリアのところで聞いた話を思い出し、このように機嫌が悪いのだ。
・・・コレットが女王になる・・・
それはもう決定したようなものだった。ライバルであるレイチェルが女王にならないのなら、よっぽどのことがない限り、コレットが女王になるのは確定した。
そのことで機嫌が悪いのだ。
(でも、オレには何も言う権利ねえよな。・・・自分の気持ちも伝えてねえ。オレはあいつにとって、守護聖様の1人でしかないんだ)
頭の中が真っ白になる。そう・・・彼は自分の気持ちを彼女に伝えていない。しかしこのままでは彼女は自分のでの届かないところへといってしまう・・・今のままじゃダメだ。
次の日の曜日、彼はコレットを誘いに寮を訪れた。彼女を誘い森の湖へと行った。
「ゼフェル様。今日は誘っていただいてありがとうございました」
「べつに・・・大したことじゃねえよ」
口から出る言葉は、本心とは反対のことを紡いでいく。こういうとき、オスカーのことが無性にうらやましくなる。と同時に、たった一つの言葉を伝えられない自分に腹が立つ。
どうして自分はこんなに不器用なんだと、苛立ってくる。
「あの・・・ゼフェル様。私なんか誘って、後悔してますか?」
コレットは泣きそうな顔になって、ゼフェルの顔をのぞき込んできた。突然視界に入ってきた顔に、ゼフェルは顔を真っ赤にする。
彼女はどうやら、ゼフェルが此処へ来るまでの間、ずっと喋らずにいたことをそう解釈したらしい。
「ばっ!!・・・そうかよ。おめーはオレといたんじゃ、つまんねーってか。それなら別にいいんだぜ?他の奴らん所にいたほうが楽しーだろうからよ」
「そんな・・・・・・」
冷たく言い放つ口調のゼフェルの言葉に、コレットはとうとう泣き出してしまい、
『さようなら』と言い残して森の湖を去っていった。
「どうしたの?!コレット・・・」
「ううん。なんでもないわ・・・」
寮へと帰ってきたコレットは、迎え出たレイチェルに作り笑いで対応した。しかしレイチェルは、その笑顔が作り笑いであることに気がつき、
もちろんそれが彼女の落ち込んでいることを示す証だということも判っている。
「・・・今日はもう寝なよ。疲れてるんだから・・・」
彼女はコレットを布団に押し込み、自分も部屋へと戻っていった。
しばらくしてコレットはレイチェルに気づかれぬよう、そうっと寮の部屋を抜け出して、森の湖へと向かった。今はもう深夜である。当然彼女の他には人はいない。
滝の側にある、一本の木に背中を預けて、ぼうっとした月を見つめていた。彼女は木にもたれたままで、瞬きもせずにひたすら月を見ていた。
(月は、好き・・・)
女王候補になる前は、月を毎日のように見ていた。部屋の窓から見える綺麗な月をじっと見るのが好きだった。
しかし、女王候補になってから今までは、そういう時間もとれずにいた。今日も本当は寝ている時間のハズだが、どうしても月を見ずにいられなかった。
(そっか・・・月とゼフェル様って、似ていらっしゃるんだわ・・・)
自分の勝手な解釈かもしれない。けれどそんなことはどうでもよかった。自分の中では、そういう風な存在なんだ。
優しい光で包んでくれている・・・月をじっと見つめながら、コレットは彼の人のことを考えていた。
(でも、きっともうダメだわ・・・きっと・・・)
いろいろなことを考えているうちに、彼女はそのまま眠ってしまった。
「ねえ、ロザリア。やっぱり朝の湖はいいと思わない?」
「陛下ったら・・・」
リモージュとともに散歩していたロザリアが不意に、滝の側に目を向けると・・・
「陛下!あれは・・・!!」
「あっ!!」
二人の視線の先には木にもたれかかったコレットがいた。
「コレット?!」
慌ててコレットに近づいた。リモージュとロザリアは、急いでコレットを彼女の部屋へと連れて行く。
そして彼女をレイチェルに任せて、二人はいろいろな人に話を聞きに行った。なぜなら、彼女の頬には涙の跡がついていた。
さらに、あんなところで寝ていたのでは、何かあったとしか考えられない。レイチェルに聞いた限りでは、昨日の日の曜日に彼女は誰かと出かけていた。
そして帰ってくると、酷く落ち込んでいたと言うことだ。
「と言うことで商人さん。昨日コレットが此処へこなかった?」
「庭園では見かけへんかったけど、デートの相手ならわかりますで」
商人は、コレットの寮へと歩いていく人物の姿を見かけていたという。
「で?だれなのよ」
「・・・って、レイチェルはんやないですか!」
「いいからさっさと吐きなさい!!」
レイチェルは商人にチョークスリーパーを食らわす。
「────!ギブ、ギブや!!・・・げほ、げほ・・・・・・ええと、確かゼフェル様が歩いて行ったんやと思います」
「!!まさか!そんなこと・・・!信じられない・・・だって・・・」
コレットの昨日のデートの相手がゼフェルであると聞き、レイチェルは顔を真っ青にする。そして次の瞬間レイチェルは聖殿に向かって走り出していた。
「ちょ・・・!待ちなさい、レイチェル!!」
「放してください、ロザリア様!ワタシはゼフェル様に・・・!!」
「落ち着いて、レイチェル。私達には何がなんだか判らないのだけど・・・」
リモージュに諫められ、レイチェルはおとなしくなった。
「で、何があったの?」
「じつは・・・」
本当はこういうことは本人の承諾なしで話してはいけないことなのかもしれないけれど、レイチェルは話し始める。
コレットの好きな人がゼフェルであることを。そして彼女は、ゼフェルに昨日何があったのかを聞きに行くという。
「でも、レイチェル・・・こういうのはどう?」
そう話し始めたのはリモージュ。彼女の案とは・・・
「二人には悪いのだけど、・・・ごにょごにょ・・・」
「!!ホントですか?!」
「仕方ないワ。是非ともコレットには新宇宙の女王になってもらいたいモノ」
「・・・わかりました。女王陛下、レイチェル。私も協力しますわ」
「では、今すぐにでも・・・」
「はい!!」
三人がある作戦を展開させているそのころ、コレットは目を覚ました。
「あ!!!あ、れ・・・?私確か・・・」
森の湖で寝てしまったんじゃ・・・・?疑問を持ちながらも、ベットから出てカーテンを開ける。太陽は頭上高くまで上がっており、既に昼になっていることを示していた。
今日は月の曜日ではあるが、先ほど鏡で自分の顔を見たときに、外に出る気が全くなくなったのだった。
そこに映っていた顔は、目が真っ赤であり、とても酷い顔をしていた。
「ごめん・・・アルフォンシア・・・今日は育成してあげられないよ・・・」
再び布団に潜り、枕に顔を埋める。すると目から涙が出てきて、枕がそれを吸い込んでいく。しばらくして涙も収まった頃、顔を洗ってレイチェルの部屋を訪ねた。
しかしいくら呼んでも返事はない。鍵もかかっていたので仕方なく部屋に帰り、今日はおとなしく寝ることにした。・・・明日になって、何か変わっていることを祈って・・・
そのころ、ゼフェルはと言うと・・・
「あー!!!ムシャクシャする!!」
私邸の地下室で、何かをコツコツと作っている。箱形の何かだった。しかし集中できないらしく、かなりイライラしている。
やがて、その箱形のモノを作業机の上に放り出して、一階へと上がっていき、自分の寝室へと入った。
そして作業着を脱ぎ捨てて執務用の服に着替えた。
「ちっ、しゃーねーな。仕事でもすっかな。・・・行きたくねーけど」
昨日エルンストを締め上げて出させたアルフォンシアの視察結果を見ると、今現在は鋼の力を多く望んでいた。
きっと今日は自分の所に来るだろう、そう思ったからさぼっていたのだった。だが、聖殿に赴いたゼフェルは、自分の目を疑った。
なんと、自分の執務室の前に、守護聖や教官、さらには協力者達までが集まっていたのだった。
「て、てめーら・・・なにしてんだよ!!」
そう叫んだゼフェルの声に、その場にいた全員がこちらを向いた。そして、そのすぐ後にオスカーが部屋の中に向かって叫んでいた。
「陛下!!ゼフェルが来ました!」
「通してちょうだい」
中から女王らしい、凛とした声が響いた。ゼフェルは周りの守護聖達を押しのけて、執務室へとはいる。
「何が通してちょうだい、だ!!此処はオレの執務室だろーが!!」
リモージュはいつもゼフェルが座っている椅子に優雅に腰掛け、両脇にはロザリアとレイチェルが控えている。その二人の両手には、怪しげな袋がぶら下がっている。
「ゼフェル。今日は貴方に大事な話があります。・・・聞いていただけますね?」
「聞かねーっていっても無駄なんだろ?どーせロザリアの持ってるふくろん中のロープで縛り上げて、無理にでも聞かせるつもりなんだろーから」
「さすがね、袋に入っているモノまで見破るなんて。そう・・・貴方に隠し事は出来ないのね。それじゃあ、率直に言わせてもらうわ。
・・・もう二度とコレットに近づかないでちょうだい。貴方のせいで彼女は迷惑しているはずよ。これ以上コレットを・・・
いえ、新宇宙の女王を困らせないでちょうだい」
「─── !!」
バンッ!!!
その言葉を聞いた瞬間、ゼフェルはリモージュの頬に平手を喰らわせていた。鋼の守護聖は、未だ怒りが収まらないのか、俯いたまま拳を握りしめている。
一方リモージュは、あまりの突然のことに大きく開いた翠の瞳を彼に向けている。他の面々も、ゼフェルが何をしたか理解できずに、
執務室に静寂に包まれた。それを破ったのは、その静寂を導いた張本人の叫ぶような怒鳴り声によってだった。
「オレに指図すんじゃねえ!!!」
「ゼフェル!女王陛下に向かって何を・・・!!」
状況を理解した光の守護聖は、ゼフェルをきっと睨み、ツカツカと近寄りながらそう言った。しかしゼフェルはジュリアスの声が聞こえないかのように、
何も反応しない。そして次の瞬間、俯いていた顔を上げたかと思うと、きっと窓の方を向いて二、三歩ほど後ろへ下がり、そのまま勢いよく駆け出した。
そして自分の机を踏み台にし、リモージュの頭上を通り抜けて跳んだ。
ガッシャーン!!
そしてゼフェルは窓へとつっこみ、ガラスを割って外へと出た。オスカーはそれを見て、咄嗟に彼を追いかけていた。
「ゼフェル、待て!!」
ゼフェルは一目散にどこかへと走り去っていった。オスカーは見失わないように、懸命に追いかける。やがてゼフェルは森の湖の奥までやって来た。
体力を殆ど使い果たしたのか、一本の大木の下へと座り込んだ。
「・・・何であんなことをしたんだ?」
ゆっくりと、しかし確実にゼフェルの元へ歩み寄っていくオスカーは、先ほどの件について問う。
「べつに・・・」
顔も上げず、問いに答える。一方のオスカーは一定の距離を置いて、彼をじっと見る。
「女性に手を挙げるのは良いことではないな。・・・だが、あそこまで激怒するには理由があるんだろう?
例えば・・・お嬢ちゃん、いや・・・コレットのことで───」
オスカーの言葉を聞き、ゼフェルは顔を上げる。が、すぐに俯いてしまった。
「おや、図星か?坊や。・・・ま、お前さんの場合、わかりやすいからな」
「何がいいてえんだよ、おっさん」
ほんの少し顔を上げ、じっとオスカーを睨む。
「おっさんとはひどいな。せっかく俺が女性との仲直りの仕方をレクチャーしてやろうと思ったのにな」
今度は顔を真っ赤にして顔を勢いよく上げる。
「何で知ってんだよ!!!」
「女性三人組からな。今じゃ全員知ってるぜ?それより・・・仲直りの仕方を教えてやろう。・・・まずはな、相手へのプレゼントを用意する。
そして、それをプレゼントしてやって、驚く彼女を優しく抱きしめて、『・・・愛しているよ』と、耳元で囁くんだ。最後には優しく甘いキスを・・・」
ドガッ!!
次の瞬間、オスカーのみぞおちにパンチを一発喰らわせていた。
「そんなこと言えるか!!!」
「でも、プレゼント作戦は良いんじゃないかなっ☆」
突然後ろから夢の守護聖オリヴィエの声がした。その後ろにはマルセル、ランディ、ティムカ、メルと、年少組がそろっていた。
「女王陛下には悪いけど、あのやり方は賛成できないよ、僕・・・」
「そうだよな。いくら何でも無理矢理引きはなすってのはいけないよな!」
どうやら、年少組はリモージュの現実的で打算的な考えに、反対しているらしい。
「そうですよ!こういう問題は、当人同士で解決するべきです!」
「メルも同じ。自分の知らないところで、こういうコトされたら、メル、悲しくなるもん。・・・メル、コレットの悲しい顔、見たくないから・・・」
オスカーはオリヴィエに話しかける。
「オリヴィエ、あんたも来たのか?」
「まあね。私だってコレットが悲しむのは見たくないからねっ☆」
「おめーたち・・・」
そんな五人の姿はとても嬉しかった。ゼフェルはすくっと立ち上がり、服に付いた砂を払い落とすと、私邸に戻ると言ってその場から走っていった。
そして地下室へと籠もって、先ほどまで作っていた箱形のモノを完成させた。上へ上がると、先ほどの面々がゼフェルの私邸へやって来た。
「よう、ゼフェル」
地下室から出てきたゼフェルに、オスカーは手を挙げて挨拶をする。
「さっきの話だが、今夜お嬢ちゃんを森の湖の滝の前に呼びだしておくから、うまく成功させるんだぜ」
「きっと夕方になると、レイチェルが帰って来ちゃうから、さっきのうちに伝えておいたんだ。僕たち応援してるから、頑張ってね!」
「・・・さんきゅ」
照れたように笑って一言小さくそう言ったゼフェルは先ほどの箱形のモノをオリヴィエに習って、ラッピングをした。想いが伝わるように・・・丁寧に包んでいく。
「と言うわけで、今夜森の湖の滝の前で待ってて。・・・きっとだよ」
時は少しさかのぼって、ゼフェルが地下室に籠もり始めた頃。マルセルとランディの二人は、コレットの元を訪れていた。コレットの蒼い瞳は少し潤んでおり、
目は真っ赤になっている。きっと泣いていたのだろうと推測される。二人は、先ほどオスカー達と相談して決めたことを、コレットに伝えた。
「きっと、君の想い人が来てくれるから・・・」
だからもう泣かないで。そう言ってコレットの部屋から出る。
「今夜・・・森の湖の滝の前・・・」
コレットは先ほど伝えられたことを、二人が去った後に呟いた。自分の想い人・・・
「・・・行かなきゃ。絶対に・・・」
そして約束の刻がやってきた・・・・・・
約束の時刻は決められてはいなかった。ただ、一つだけ決まっていたもの。それは、月がキレイに見える頃、という曖昧なモノだけだった。
しかし、ゼフェルは早くから来ていた。今日の月はきれいな満月だった。雲の間を見え隠れしている。たびたびあたりが暗くなったり明るくなったりしている。
何度目か、再び明るくなったとき、湖の入り口の所に人影が見えた。その人影はだんだん近づいてきて、肉眼でその姿が確認できたとき、ゼフェルは既に駆け寄っていた。
「コレット!!」
「・・・ゼフェル様・・・!」
その驚いたように大きく開かれた蒼い瞳は、じっとゼフェルを見つめていた。ゼフェルはゆっくりとコレットとの距離を無くしていく。そして優しくコレットを抱きしめた。
「この前は、悪かった・・・」
ゼフェルはコレットの顔を見ないように、ギュッと強く抱きしめた。
「別にオレはおめーと一緒にいるのがいやだったわけじゃねーんだ。ただ、おめーに自分の気持ちを伝えられねー自分にイライラしてて・・・
その上、おめーは悪くねー、オレが勝手にイライラしてるだけってーのに、あんなこといっちまって・・・自分でも情けねーと思うぜ」
「・・・私は、ゼフェル様に嫌われちゃったかと思って・・・」
コレットの瞳から涙がこぼれていくのがわかる。抱きしめていた腕をゆるめ、コレットの顔をじっと見つめた。
彼女の瞳から大きな涙の粒がこぼれ落ちていく。ゼフェルはその滴を唇でそっと吸い取った。
「オレ、おめーに謝りたくって・・・これ、受け取ってくれるか?」
先ほどラッピングしたモノをコレットに手渡す。
「開けてみろよ」
言われたとおりに開けてみる。そして中の箱形のモノを開けると・・・
「・・・わぁ・・・・」
その箱形のモノは、なんと、オルゴールだったのだ。オルゴール独特の高く澄んだ音が、綺麗なメロディを紡ぎだしている。
その音は森の湖中に響き渡っている。とても心地よい音楽で、暖かい感じがした。
「それはな、オレが此処に来る前、オレの親友がよく口ずさんでた曲なんだ。オレは曲名も何も知らないけど、
やっぱオレの中に残ってる、想い出の曲で・・・おめーに、聴いてもらいたくってよ」
コレットは静かに曲に耳を傾けている。
「・・・それより、おめー。女王になっちまうんだよな・・・」
「・・・え・・・?」
いきなりの質問に、驚くコレットはゼフェルのほうを見やる。鋼の守護聖は真剣な眼差しでジッと目の前の栗髪の少女を見ている。
「そうなんだろ?・・・でも、オレは止めねえぜ。いつか逢える。今ならそう思えるから。・・・いつか必ず、逢えるときが来るんだ。
オレがぜってーに逢いに行ってやる。頑張ってるおめーを見に、な」
最後に、ゆっくりと唇を重ねて、その後耳元に唇を近づけ『おめーの自由だ』。そう一言言って、その場から去っていった。
後に残ったコレットは先ほどの余韻がまだ残っており、顔を真っ赤にしたままその場に数分ほど立ちすくんでいた。
「ひゃー・・・すごいモノ見ちゃった・・・」
森の湖の草陰でメルはポツリと呟いた。もちろんメルの言っているすごいモノというのは、先ほどのゼフェルとコレットのラブシーンのことだ。
「ゼフェルって、あんなコトできるんだ・・・」
確か、ゼフェルよりも年上のハズのランディも何故か感心していた。ティムカはといえば、途中から顔を真っ赤に染め上げて、後ろを向いていた。
マルセルなど、あまりの出来事に気が飛んでいる。
「やるね、ゼフェルも☆」
オリヴィエとオスカーはさすが大人。ジッと二人のやりとりを見つめて平然としている。
「さて、後はお嬢ちゃんに残された課題だな」
未だ顔を真っ赤にして立っているコレットをジッと見る。彼女に残された課題は、とても難しいものだ。
「女王になって、ゼフェルの言ったとおり信じ続けるか、女王にならずにこの聖地へととどまるか・・・むずかしいな」
「コレットは一体どっちを選ぶんだろうね・・・」
次の日、朝早くにコレットはゼフェルの元へとやって来た。用件はただ一つ。もちろん、昨夜の返事を返すためだ。
「・・・決まったんだな・・・?」
ゼフェルはコレットの瞳をジッと見つめる。コレットも見つめ返して、いつもの少しオドオドとした口調ではなく、はっきりと気持ちが伝わるように言った。
「・・・私、女王になります。ゼフェル様に認めてもらえるような女王様になって見せます。そして、私が立派な女王になれたら・・・」
そう言って向けられたのは、あの写真の通りの笑顔。自然で、可愛らしい笑顔だった。それを見てゼフェルも笑い返し、
「ああ。ぜってーに迎えに行ってやる。誰がなんと言おうと、その時は必ずな!」
やっと見れた、本物の美しい笑顔。写真ではなく、実際に目の前にある。
彼はしっかり彼女の笑顔を記憶し、又彼女も彼の笑顔を記憶する。
又再び、その笑顔に逢うために・・・・・・
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