「飯田さん…」

殿下につれられてこのフジミに来てからもうすぐ二年ってとこだった。
この四月から、その張本人の殿下がフジミのコンマスの守さんとともに海外遠征にいっちまった。
そのおかげで俺は桐ノ院のの代理指揮者なんぞをやらなきゃいけなくなったんだ。
そして今俺の隣で酒をかっくらってる、フジミの先輩、人生の後輩、なおかつ同じチェロに命を捧げた男、五十嵐健人、通称イガ。
こいつがコンマスを引き継いでいた。
…なんでこんなことを説明したかというと、このことが、ある噂の発端となったからだ。
時は遡ること、数日前の練習後…




「あのぉ…お聞きしたいことがあるんですけど…」
そう声をかけてきたのは、2ndヴァイオリンの春山嬢だ。
いつものまったり感を漂わせて俺に話しかけてきた。
俺はてっきり今日の練習でわかんないことでもあったか?とか思い、
何だ、と聞き返した。しかし、返ってきたのは意外な質問だった。

「飯田さんは…イガくんのこと好きですかぁ?」


―――あぁ!?


俺は危うく指揮棒を落としそうになった。
いや、別に俺の場合商売道具じゃねぇから痛くも痒くもないけどな…
まぁ、そこは俺も大人だ。動揺を隠して、

「どっから拾ってきたんだ。そんな話…」
「だって、お二人とも仲良しですし、それに…」
「それに?」
「うちのオケの常任のコンとコンマスはくっつく運命なんです!」

そう力説してくれる春山嬢の話を聞きながら俺は頭を抱えた。
まさかこんなことになるだなんて。
…俺は春山嬢をあしらった後、何となくチラチラとこちらの様子を伺ってるイガを誘って飲みに行くことにした。
イガは嬉しそうにしっぽを振り(いや、そんなもんねーけど)大きく頷いた後、急に表情を一転させて、
何やらそわそわと誰かを見ていた。
その視線の先にはつい先程まで話していた春山嬢と…フルートの奈津子嬢。
なるほど。噂の発信源は彼女たちか。




イガの家に向かう道で俺はすっかり考え込んでしまった。
何でそんな話になるのか…じゃなくて。
このままでは俺が本当にイガに入れ込んでるってのがばれちまうってことへの危惧だった。


そう。俺は五十嵐健人に夢中なのである。
きっかけはそうだな…初めてフジミに来た日かな。
あの日もイガは頑張っていた。
プルトを組んでいるかいないかで、弦楽器の音量は案外左右されてしまうもんだ。
まして現役音大生のイガには、そんなことを痛烈に感じてただろう。
それを思ってから…仕事であったチェロを、生き甲斐として持ち替えた。
その青年とともに、このフジミのゴーシュとなろう。
そんな決意を固めた男、飯田弘。
それからここまでイガに入れ込むことになるとは…


隣で飲んでいるイガに視線を向けた。
俺の視線に気付くと、にかーっと笑った。
彼の行動はまるで犬のようだ、と常日頃思っている。
声をかければしっぽを振って寄ってくる。そして目を大きく開いてじっと見つめてくる。
その目を見てると、つい情が移る。
…まあ、俺には奥さんも娘もいる。確かに二人とも大事だ。
けど、その二人と健人を天秤に掛けると今は健人に傾いてしまう。そんなのいけないのはわかっている。でも…

「…飯田さん?」

イガに呼ばれ、はっと意識を現実に戻した。

「悪ぃ悪ぃ」
「も〜!俺の話なんか聞いてなかったでしょ」
「おぅ。んで?何話してたんだ」

イガは全く、という顔をしながら再び話し始めた。

「今日練習前に川島さんに、飯田さんとどうなんだーって聞かれたっす」

―――本日二度目。今度は箸をきっちり落とした。

「ど、どうしたんすか!?」

何も分からず、イガは慌てている。
こいつ…ホントにわからねぇのか?俺は問い返した。

「それで。お前はなんて答えたんだ?」
「えっ…」

いつもははっきりものを言うイガが今日に限って言い淀んでいる。
これは…やばいか。しかし、俺の心配を知ってか知らずか健人は話を続けた。

「も、もちろんそんなことはないっすって…」

イガの方が動揺が激しいようだ。すっぱり否定してくれやがったが、言葉尻が妙に濁ってる。

「それは本心からの台詞か?」

俺は敢えて深く追求する。
こんな微妙さで終わりに出来るか!
健人の持っているコップをテーブルの上に置き、そのまま手首を掴んだ。
少し力が強すぎたのか、健人は顔をしかめた。

「んで。どうなんだ」

俺が掴んでいる手首が痛いのか、それとも答えづらい質問かは分からないが
少し間を開けた後、ゆっくりと話し始めた。

「…えっと…飯田さんのことは、その…好きっす。けど、俺ら男同士っすし、飯田さんには奥さんもいるし…」

酔っているせいか、案外素直に吐いたが…奥さん、ねぇ?

「イガ―――」
「は…―――」

イガの返事を聞かずにベッドに押し倒して、無理矢理唇を奪った。

「おい。これでもまだ奥さんを理由にするか?断るならきちんと断らないと犯るぞ」
「い…いださん…」
「さ。何もかも忘れろ」

そこまで言って、健人の服のボタンを外しにかかった。

「俺は一人の人間だ。そしてお前も。真っ新な状態なら、お前は俺をどう思うよ」
「俺…?」

シャツをはだけて出てきたのは、真っ白な肌だった。
やべ…これ以上行くと止めらんねぇな。断るならさっさと断れ、健人。

「……俺…飯田さんのこと…マジで好きっす……」

酔っぱらいのトロンとした瞳が俺を捕らえる。
そして、ゆっくりと起きあがると…今度は健人の方から俺にキスをしてきた。

「たけっ…」
「ずっと、飯田さんのこと好きだったス…でも、飯田さんには…家庭があるし…」

その大きな瞳から涙がボロボロ流れた。

「それにっ…おれもイダさんも…お、おとこだし…絶対…受け入れてなんかもらえないって…」

それを聞いて、俺はある種の安心感を覚えた。
なんだ…俺たちは相思相愛だったんじゃないか。

「…健人」

俺は目の前の健人をギュッと抱きしめた。
健人は突然のことでいまいち頭が回ってないのか、きょとんとしていた。

「お前が気にすることじゃない。確かに清美とは結婚した。
けど、今の俺の本音は、清美に会う前に、
お前に出会って、殿下と守さんのように
何のしがらみもなくお前と愛し合いたかった」

あー、言っちまったな。俺は後戻りは出来ないな、と悟った。
イガは自分をノーマルだって言ってたから…酔った口で「好きだ」って言っても、
正気に戻ったら後悔して、恋心なんかやっぱなかったっすー、とかいうのか?
さらに「俺も、飯田さんの言ったことは誰にも言いませんから、安心して下さいっす」と、
不安そうな顔で俺を見上げるのか?

「…も……っす…」
「は?」

色々考えていたせいか、イガの声は俺の耳に届かなかった。
ので、すぐに聞き返した。すると俯いてた顔を上げて言った。

「俺だって飯田さんのこと本気で好きなんすよ!俺だって…!」
「健人…」
「……」

真っ赤になった顔を俺に見せないように、下を向いている。
―――でも、俺は止まらなかった…いや、止めることなんか考えちゃいなかった。

「健人」

その柔らかそうな頬を両手で挟み、顔を上げさせ、その真っ赤な顔以上に赤い唇を奪う。
…これ以上抑えてられるかよ、俺の理性を…

「…ふぁ……い…だ、さん……」

何度も繰り返したディープキスの合間に、健人は苦しそうに喘いだ。
ちぃ…何て可愛い声出すんだ。
そんな声出したら…余計止まんなくなるだろっ。
片手で健人の頭を押さえ、あいた右手でシャツの下から潜り込んだ。

「っ……や…め……いいださん…」
「ん?止めていいのか」
「―――!」

目の前にある健人の顔が、いやいや、と思い切り横に振った。

「全く…こんな時くらい正直になれよ」

そしてそのまま健人をベッドに押し倒して…




あーあ。とうとうやっちまったなぁ…後悔はしてないが、何かが変わってしまったような気はする。隣で寝ている健人の髪を撫でる。

(すまんな…)

俺は心の中で謝る。直接言えば、こいつは反抗するだろうから。
『なんで飯田さんが謝るんスか』
とか…でも、これは俺が謝らなくちゃいけない問題だから。




「おーぃ、先輩。もう昼だぞ〜」

十一時を過ぎた頃に、まだぐっすり寝ていたイガを叩き起こす。

「ふ…ぁ……あさ…?」

くっ…どーしてこう寝惚けた声はいやらしいんだよっ!

「おぅ。昼だぜ」
「……ひる!?」

さっきまでの寝惚け具合はどこへいったのやら、ガバッと飛び起きた。

「す、すいません!手、痺れちゃってますよね!…あぁ、そうじゃなくて、動けなかったすよねっ」

そういや、イガの頭は、俺の腕にのってたんだった。
…っていっても、夕べ、事が済んでからずっと俺の腕にのってたと言うわけでもないので、大して痺れてもいないが。

「別にいいさ。全然痺れてねーし」
「だめっすよ!右手が痺れたり筋肉痛になったら弓が持ちづらいじゃないッスか」
「なんだなんだ。俺の仕事の心配か?」
「いいえ。俺がいつもの飯田さんの音が聴けないのが嫌だからッス」

…可愛いことを言ってくれる。

「よし。それじゃ昼飯でもおごってやるか?」
「えっ、マジっすか―――」

そう言って立ち上がりかけたイガは苦悶の表情を浮かべ、またうずくまってしまった。

「おい、どうしたんだ?」
「…こ…腰が……」

そんな、泣きたくなるほど痛いのか。…まぁ、男とヤるなんて初めてだろうしな。

「しょうがないな。俺が昼飯作ってやるよ」
「えっ!いいんすか?」
「おぅ、無理させちまった詫びだ」
「やった〜飯田さんの手料理だ♪」

嬉しがるイガを見て、ちらっと清美を思い出したが、今は放っておく。イガとの二人の時間を崩したくなかったんだ。

「ねぇねぇ」
「何だ?」
「飯田さんなら…あの質問に何て答えてたかなぁ?」
「俺?」

わざと考えるふりをしてみたが、既に答えは決まっていた。そう―――




―――俺は健人が好きだってな。







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…というわけで、フジミ初SS〜
飯田さん×五十嵐くんですよ〜むしろ圭悠季より好き♪
禁断の愛ですよー
前々から書きたかったんですが、元の小説に再登場したのを
きっかけに、再燃しましたよー
またそのうち書いてきたいです。
時間があれば…

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