第序章 雪中怨


    その夢は子供の頃の夢。

 少年が冬休みを利用して師匠と山籠もりしていた頃のことだ。ある日少年は、師匠がいないのをいいことに、行ってはいけないと言われていた山の奥へ足を踏み入れた。
 ちょうどその頃、山には雪が降っていて。一面雪景色になった元花畑。少年がそこが花畑だって知ったのは、後の夏に再びこの山に来たときだったが。
幼かった少年は生まれ育った東京じゃ滅多におめにかかれない雪にはしゃいでいた。
 ふと少年が奥を見ると、そこには純白の着物を着た少女が立っていた。一瞬、少女を雪女だと思って少年は逃げ出そうとした。しかし、耳を澄ましてみると微かな泣き声が聴こえて。

 ―――次の瞬間、少年は少女の元へ歩いていた。

「どーかしたのか?」
「…いじめられるの。みんな、この右目が怖いって云って、遊んでくれないの……」

 近くで見る少女は、とても可愛かった。サラサラの漆黒の髪、綺麗な白い肌、そして―――彼女の右目は金色の瞳だった。その瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
少年はポケットに手を突っ込んで、偶々入っていたハンカチで少女の涙を拭いてやった。

「怖くなんかない!俺はその眼、キレイだと思うぜ」
「…ほんと?」
「ホントだよ。怖いって云う他の奴らがおかしいんだ」

 子供をあやすように、少女の頭を撫でてやる。

「よっしゃ!じゃ、俺と一緒に遊ぼうぜ」

 少女の手を引いて、少年は自分と師匠のいる山小屋へ連れて行った。

「あ、そういやお前、名前なんていうんだ?」
「…麻雪。緋勇麻雪」
「いい名前だなッ。俺は京一。名字は蓬莱寺。難しいから覚えなくていいけどな」
「ふふッ。…きょーいちくん…うん、覚えた!」
「じゃ、行こうぜ」

 これが二人の出逢いだった。



「げっ…あのやろう、帰ってきてやがる」
「遅かったじゃねェか、京一」

 ガラッと入り口の扉が開いて、京一の師匠である神夷京士浪が顔を覗かせる。

「ちょっと、そこらを散歩に……」

 京一の頭を軽く小突くと、神夷は京一の後ろにいる少女に気がついた。

(――あの娘は―――)

 ジッと、その少女を見た。 

「やはり―――」
「何だよ、麻雪に何か用か?」

 京一は麻雪を護るように神夷の前に立った。

「いや。とにかく今日はこの天気だ。修行は無しにしといてやる。大人しく遊んでろ」

 そう言うや否や二人は嬉しそうに、奥へと入っていった。


 夕方になり、麻雪は帰らなければいけない時間となった。

「なあ、明日も逢えるか?」

 京一の言葉に、悲しそうに首を振る。

「明日の朝、お家に帰るの。だから……」

 二人ともボロボロと涙を流していた。そんな二人を見て、

「大丈夫だ。てめえらはここで別れても、またいつか逢える」
「ホントかッ?」
「ああ」

 涙を拭い、京一は麻雪を見た。

「また、逢おうな!誰かにいじめられたら、俺に言うんだぞ!絶対お前のこと護ってやるからな!約束だ」
「うんッ…絶対、絶対だよ……」

 京一は約束の証として、麻雪に大切にしていた綺麗な小石を手渡した。それを麻雪は大事そうにぎゅっと握りしめた。


 神夷は麻雪を山の奥まで連れていった。麻雪もすっかり眠りについてしまったようだ。やがて神社に辿り着いた。予想通りそこには、見覚えのある人がいた。

「神夷か」
「久しいな――白蛾翁」

 自らが白蛾翁と呼んだ老人に、麻雪を手渡す。

「《龍虎の儀》か。この娘もそんな歳になったのか」
「そうじゃ。もう既にこの娘も十になった。――弦麻が死んでからもう十年になる」
「そうか……後は頼んだ」
「また逢おうぞ。さらばじゃ、神夷京士浪よ」

 そして、物語は始まった――――

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