第伍話 夢妖

「・・・じゃあ、今日はここまでにしよう。今日レポートを忘れた奴は明日までに必ず俺の所に持ってくること」

犬神は教卓でクラス全員を見回しながら言った。

「いいな・・・特に蓬莱寺」

犬神は少し嫌みを含んで京一を見て言った。

「へーいッ」

京一はそんな犬神の態度に気付きながらもわざとふざけていった。

「・・・じゃあな、気を付けて帰れよ」

犬神は教室から出ていった。それを見計らい京一は龍麻のもとへ行く。

「・・・ったく、冗談じゃねえぜ。犬神、絶対俺を目の敵にしてるぜ。授業中、俺だけ三回も当てられたんだぜ!?」
「よくいうな・・・指されるまで熟睡していた奴が・・・」

龍麻が京一に言うと、それに続けるように女生徒の声が被ってくる。

「ほんと、そう言うのを自業自得って言うんだよ!」
「小蒔か。相変わらず口うるせーな。しょうがねえだろ?午後の授業なんて眠いに決まってんだよ。昼下がりってのなは、ボーっとお空を眺めて、のーんびりしたいもんなんだよ。なあ、龍麻」

そう龍麻に言ってくる京一に対して龍麻は冷たく言い放つ。

「・・・さあ?」
「たつまぁー・・・」

京一は龍麻に泣きつく。

「京一、お前は相変わらず緋勇にくだらないことをいってるのか」

そこへ入ってきたのは醍醐だった。

「あっ、醍醐クン」
「随分と荒れているな。大方レポートなんて、まだ手をつけてないのだろう」

醍醐に図星をつかれ、

「うるせえな、余計なお世話だ!」

と、反抗的に言うが、それで全員の頭の中に、図星だったと言うことが浮かんだ。

「それにしてもさ、何で京一って犬神センセのこと嫌がるの?ねえ、緋勇クンは?」

小蒔が龍麻に問う。

「・・・よくわからないが、何か人とは違うような気がする・・・」
「そっか。」

すると京一は言った。

「大体、あいつは陰気なんだよっ。いつもマリアせんせばっか追っかけ回しやがって」
「そうなの?ボクはてっきりマリアセンセーが犬神センセーのことを・・・」

小蒔は言った。しかし京一はそんな小蒔に言った。

「ンなことあるわけねーだろっ!」

小蒔は考えている。

「とにかく、なんか気にいらねえんだよ!」

そんな京一に醍醐は笑いながら言った。

「はははっ。犬神先生も随分と嫌われたものだな。ま、あと半年程度のつき合いだ。我慢することだな。・・・ところで、美里の姿が見えないが・・・」

醍醐の問いに答えるは小蒔。

「葵なら生徒会の用事で新聞部に行ったよ」
「新聞部〜?」

それを聞いて京一は言った。

「あんなところに一人で行ったら、アン子にヤられちまうぞ」


(ま、龍麻じゃなきゃ、別にいいけどな)


相変わらずなことを考えてる京一に、なにやら小蒔がつっこみを入れているが、京一はまったく聞いてなかった。するとそこに、美里が戻ってきた。

「あら・・・どうしたの?みんなで集まって・・・」

美里は問う。それに答えたのは小蒔。

「いやぁ、生徒会も大変だなって話してたとこだよ。」
「そう言えば美里。お前ちょっと顔色が悪いぞ。何処か、具合でも悪いのか?」

美里の顔色が悪いのに気付いた醍醐が、美里に問う。

「ほんとだ・・・大丈夫?葵。調子悪いなら早く帰って休んだ方がいいよ、ね、緋勇クンもそう思うだろ?」

小蒔は心配そうに美里に言った。そして龍麻に問いかける。

「・・・無理はしない方がいい。」

龍麻は美里を見る。


(くそっ・・・美里の奴、龍麻に見られて赤くなってやがる・・・)


京一がそんなことを考えているうちに話は進む。美里が言うには、もうすぐ杏子が来るらしい。そうしたらみんなで帰ると言うことらしい。


  ガララララ


教室のドアが開き、杏子が入ってきた。

「おまたせー。相変わらず揃っているねぇ、皆の衆」
「ちっ、うるさいのが来たぜ・・・」

京一の一言から、京一と杏子の口喧嘩が始まる。悩みが有るの無いのとか、相変わらず低レベルな戦いである。

「あたしだってねえ、たまには目覚ましや原稿から逃れて、思いっきり寝ていたいって思うときもあるんだから!」
「バイタリティーの塊の遠野から、そんな台詞が聞けるとはな」
「お前にも人間らしいところがあったとはね・・・」

そんなことを言う杏子に、醍醐と京一からつっこみが入る。

「なによーっ!あんたらあたしのこと、何だと思ってんのよ!昨日だって一晩中原稿書いてたから、眠くって・・・。緋勇君だって、そういうときはあるでしょ?」
「・・・まあ、な・・・」

なにやら意味ありげに杏子の問いに答える龍麻。


(へーっ、龍麻にもそういうときがあるんだ・・・)


 京一がそんなことを考えていると、いつの間にか小蒔の夢の話になっていた。

「何かね、目の前に道があって・・・」

小蒔の夢とは、まず、目の前に道があり何処かへ行こうとして、その道をどんどん歩いていったらしい。しばらく歩くと分岐点があり、さらに行くと開けた場所があり、
そこには、乗り物が無数と並んでいた。小蒔は、どれに乗っていくか迷ったが、結局、歩くことにした。そして歩き疲れて目が覚めたらしい。

「・・・疲れて目が覚める、か・・・桜井、何か悩み事でもあるのか?それともストレスが溜まっているとか・・・」

醍醐が小蒔に問う。しかし小蒔は、

「あははっ。醍醐クン、考えすぎだよ」

と、笑って答える。そんな小蒔に杏子は言った。

「あら、そんなこと無いわよ、桜井ちゃん」

杏子が言うには、夢は心の奥底にしまわれた、意識の象徴と言うことらしい。

「夢なんて、ガラクタの寄せ集めみたいなもんじゃねえか。第一、夢のこといちいち気にしてたら、眠ってらんねえって」
「あんたの気楽さには、頭が下がるわ・・・」

杏子は溜息をつきながら京一に言う。

「夢ってのは昔から、神のお告げだとか、魂の働きだとか言われていたのよ」
「夢占いって奴か」

杏子の言葉に醍醐が言った。杏子の話によると、そういうものは【幻象心理学】と呼んだりするらしい。そして、誰でも簡単に判断出来るようになっている本も結構あるという。

「桜井ちゃん。うろ覚えで良かったら、夢、解析してあげよっか?」
「アン子、できるの!?やってやって!」

小蒔の頼みにより、杏子は小蒔の夢を解析し始めた。

「まずはね・・・」

何処かへ出かけるというのは、旅立ちや、人生の漠然とした予告を表しているらしい。乗り物や歩くということは、その人の人生の過ごし方、行動の仕方を表し・・・

「確か・・・列車はレールに乗った無難な人生で、バイクは機動性と自由、危険。そして飛行機は・・・解放」
「でもボク、結局歩くことにしたんだ」
「それが桜井ちゃんらしいよね」

歩くということは、自分の力で人生を切り開く。そして途中で目が覚めるのは、人生に何か迷いがある・・・

「うん・・・迷いっていったら、進路のことなんだけど、ボク、まだ自分が何をしたいかよくわからないんだ」
「進路、か・・・。避けては通れない道だからな。緋勇、お前はどうなんだ?」

進路のことについて、醍醐は龍麻に問う。

「・・・まだ、考えてないさ。それに・・・」
「それに?」

龍麻が言葉を止めた。

「・・・何でもない」

龍麻の言葉の続きは気になったが、誰もそれ以上聞き出すことはしなかった。


(確かに気になるけどよ、無理に聞き出して龍麻を傷つけたくねえし・・・)


龍麻は自分のことを全然話さない。無理に聞き出そうとすると、拒絶されると言う意識が、京一の中に浮かんでいた。そして杏子がいった。

「夢はいつか覚めるから夢で、もしもそれが覚めなかったら・・・」
「何なんだよ、いきなり・・・」

京一の問いに真面目な顔でいう杏子。

「・・・最近、墨田区周辺で起きてる事件のこと、知ってる?」

その問いに答えたのは醍醐。

「あの、原因不明の突然死や、謎の自殺が起こっていることだろう?それがどうかしたのか?・・・まさか、また・・・?」

何かに感づいたようにいった題醐。

「まだはっきりはしてないんだけど、ここ一週間で六人も・・・どう考えたって普通じゃないわ。」

杏子の話によると、その死んだ人たちを繋ぐキーワードがあるという。

「それは、夢────」

夢を見ながら死んでいく人、夢を残して自らの命を絶つ人など、全ての人物が夢に関わい、命を落としているという。

「それってどういうこと・・・?」

前の晩まで変わりなかった人が朝、布団の中で冷たくなり発見された事、自殺者の中には夢に悩まされていた人が多かった事、その中には夢見のせいで気が狂い、
自殺に及んだ人物もあるという。そして、その全ての事件が墨田区周辺で起きている・・・

「犠牲者は墨田区に住む者・・・全ては夢の中に真実が隠されている、か・・・」

醍醐は呟く。

「犠牲者って、学校関係者やボク達と同じくらいの人が多いんだよね。・・・ん?」

小蒔は何かに気付き、美里を見る。

「葵?顔が真っ青だよ?葵・・・!?」

  バタッ!!

突然、美里が倒れる。龍麻が間一髪で抱き止めたため、頭を打つのは避けられた。


(ちくしょー!美里の奴嬉しそうな顔しやがってよ。龍麻も何だ!美里なんかを・・・)


とんでもないことを考えているのは京一。気を失っている美里が、嬉しそうな顔をするはずがない。龍麻への恋心故、龍麻に恋心抱く者は、全て敵と見なすようになったらしい。

「よほど調子が悪かったんだな・・・やはりあの時、無理にでも帰すべきだったな」

醍醐が美里を見て呟く。

「どうしよう・・・!ボクが調子に乗って夢の話なんかしてたから・・・」

小蒔は気が動転しているらしい。

「桜井、落ち着け。何もお前のせいじゃない」
「んな事言ってる場合じゃねえだろ!こういうときはまず医者に見せるってのが筋だろ! とりあえず美里を保健室へ・・・!」

そう提案したのは京一。

「この前葵、最近よく怖い夢を見るって・・・起きたときには覚えてないけど、時々眠るのが怖いって言ってたんだ・・・」

小蒔に杏子が問う。

「それっていつ頃から?」
「確か・・・墨田区のおじいさんの家に遊びに行った頃からだって・・・」

小蒔は泣きそうになりながらも、杏子の問いに答える。

「墨田区!?もしかして・・・」

小蒔の答えに、京一が反応した。

「もし、本当にそうだったら、保健室より・・・オカルト研でミサちゃんに見てもらった方がいいわ」

杏子は冷静に言う。しかし京一が反論した。

「なにいってんだ!美里は突然倒れて意識がねえんだぜ!?まずは医者に・・・!こんなときに裏密なんか、役に立つか!」
「馬鹿ね!こんな時だからこそ、役に立つのよ!」

京一と杏子は睨み合う。

「でももし、大変な病気だったら・・・」

小蒔が美里を心配そうに見ながら言った。

「だが、遠野のいうことも一理あるな・・・」

醍醐は珍しくオカルト研派らしい。

「これで二対二ね・・・緋勇君は?」

杏子は美里を抱きかかえる龍麻に問う。

「・・・これは普通の病気じゃない。何者かに、霊的干渉を受けている。医者じゃ役に立たない」
「じゃあ、オカルト研ね。でも緋勇君・・・どうしてわかるの・・・?」

しかし龍麻は答えない。

「緋勇クン、葵を抱いて、オカルト研まで運んでくれる?」

静かに頷く龍麻。

「龍麻、いつでも代わってやるからな」

京一にしてみれば、龍麻が美里を抱きかかえていくのは面白くない。


(龍麻が抱いてるくらいなら、俺が・・・)


「まったく、キミには頼んでないの!」
「京一、先に行ってドアを開けろ」

醍醐に言われ、一行の先頭に立つ京一。


 オカルト研部室。

「ミサちゃん!」

杏子は裏密に呼びかける。すると、いつも通りの怪しい格好で一行の前に姿を現した。

「うふふふふふ〜、オカルト研へようこそ〜・・・」

裏密は一行の前に姿を現すと同時に、呪文のようなものを言い始めた。

「精神的緊張のアスペクトが、天蠍宮と双魚宮を結ぶとき〜・・・囚われの精神は悲しみの闇に沈む〜・・・けして醒めぬ夢の迷宮〜・・・」
「う、裏密、お前まさか・・・俺達の言いたいことがわかっているのか!?」

恐れながらも、醍醐が問う。

「うふふ〜・・・。この前インターネットで買った、ウァッサゴーの水晶で〜、みんなのことを、覗いてたんだ〜・・・」
「ねえ、葵のこと診てあげて・・・!」

小蒔は裏密に言った。

「うん〜。ちょっとまってね〜・・・ちょっとキルリアン反応が弱まってるみたい・・・ ちょっと原因を調べてみる〜・・・」

なにやら裏密は、何かの準備をしていた。

「水晶を媒介にした透視術で〜葵ちゃ〜んの精神を覗いてみる〜。これはまず〜あたしの霊魂を二分化して〜、その片方を葵ちゃ〜んの意識と同化させるの〜。
 うまくいくと〜、あたしの視たものが〜、水晶に映し出されるの〜・・・」

それを聞いて、醍醐が言った。

「ちょ、ちょっとまて。それは人体には影響はないんだろうな?」
「うん〜、大丈夫〜。説明書に、この術で廃人になった秘術者は、世界中合わせても〜、 過去に六人しかいないから〜・・・」
「六人!?」

裏密の答えに声を上げる醍醐。しかしそれを無視して、裏密は呪文を唱え始めた。


 ・・・ケペリ・ケペル・ケペルゥ・・・我生りし時、生成りき・・・
 ケペル=クイ・ム・ケペルゥ・ヌ、我、始元の時に成りませる・・・


裏密の呪文が唱え終わると、水晶に何か映ってきた。そこに映し出されていたのは、十字架に張り付けられた美里の姿。しかし映し出されてまもなく、

  パリィィィィンッ!!

水晶が音を立てて割れてしまった。

「・・・すごい力〜・・・」
「一体どうしたんだ?水晶球がいきなり割れて・・・!」

醍醐が裏密に問う。すると裏密は、

「覗いてるの、見つかっちゃったみたい〜」

と、水晶の破片を片づけながら言った。

「見つかったって、誰に!?」

杏子は裏密に問う。

「どうやら〜、葵ちゃ〜んの深層意識に、誰か入り込んでるみたい〜。・・・ねえ〜誰か桜ヶ丘中央病院って知ってる〜?」
「桜ヶ丘中央病院?醍醐クン、知ってる?」
「さ、桜ヶ丘だと!?」

醍醐の声は、横から入った京一の声にかき消された。

「京一く〜んが知ってるみたいね〜。その病院はねぇ、霊的治療といって〜、魂と《氣》に影響する治療をしてくれる所なの〜。
 そこの院長を訪ねてみて〜。京一く〜ん、みんな〜を案内して上げて〜」

京一は、そこに行ったときのことを思い出し、怯える。


(うううっ!あそこだけは・・・・・・!)


「じゃあ、京一。案内してくれる?」

小蒔が京一に言った。しかし京一の答えは否。

「ぜってーやだ!!」

小蒔はなにやら考え込んで、杏子と醍醐と相談する。そして、なにやら龍麻に小声で話しかけている。

「・・・京一、頼む・・・」

京一より身長の低い龍麻が、京一を見上げて言った。しかもかなりウル目で。京一は、小蒔が龍麻に話しかけるのを見ていなかったので、


(か、かわいい・・・まさか龍麻も俺のことを・・・?)


 などと考えていた。

「・・・わかった」

流石の京一も、龍麻に言われたら案内せざるおえなかった。

「(やったねっ)」

小蒔と杏子がガッツポーズをつくっていたが、そんなことは気付かず、京一はさっきの龍麻の顔を思い出しながら歩いていた。



「ここは化け物がすんでんだ!・・・醍醐、お前はあぶねえぞ。奴に狙われるぞ。それと龍麻。お前が特にあぶねえ!頼むから、俺の言うことを信用してくれぇ〜!!
 なぁ、たつまぁ・・・」

桜ヶ丘中央病院の前に来て、京一は龍麻に助けを求めている。

「なによ。あたし達は?」
「大丈夫だ。女は奴の対象外だ」
「お前の言うことは、いまいち的を得んな」
「ともかくいくよ」

小蒔が京一を引きずっていく。


「すいませんー、だれかいませんかー!」

ロビーに誰もいなかったので、杏子は奥の方へと呼びかけた。しばらく呼びかけていると、声が聞こえてきた。

「は〜い。いまいきま〜す」

  パタパタパタッ

奥から出てきた看護婦を見て、一行は絶句する。その看護婦は、髪の毛は巻き毛で、束ねてもいない。服装は、ピンクの白衣だった。

「いらっしゃいませ〜。わ〜いっ、お友達がいっぱい〜、舞子うっれし〜!」
「あ、あの・・・院長先生をお願いしたいのですが・・・」

醍醐がその看護婦に話しかける。しかしその看護婦は、醍醐の話をまったく聞かずに、「わ〜、あなた強そうだね〜」と、醍醐を見ている。

  ドン、ドンドンドン、ドン・・・

「なにっ、地震!?」

激しい音と共に、地面が揺れていた。

「うふふ・・・」
「餓鬼共ッ、お黙り!ここは病院なんだよ!」

そこに現れたのは、身長は百八十近くありそうな巨漢の女性。その女性を見た瞬間に、京一は反射的に醍醐の後ろに隠れた。

「あの・・・急患なんですけど・・・」

醍醐はおそるおそる話しかける。しかし、その女性は醍醐に話しかける。

「おや、ボーヤ。名前は?」
「はっ?」

突然の質問に、少し戸惑う醍醐。

「名前だよ、名前」
「だ、醍醐雄矢と言います。・・・それが・・・?」

醍醐は正直に名乗る。

「ひひっ、ひひひひっ・・・強そうだねえ、坊や。何か武術をやっているね」

あまりの迫力に、醍醐は驚きを隠せない。いつの間にか標的が龍麻に移っていた。

「そっちの坊やは?」


(やばいっ、龍麻!)


京一は心の中で叫ぶが、流石に声に出す勇気はなかった。

「・・・緋勇龍麻です・・・」
「そうかい。ところで、そのでかいのに隠れているのは、京一じゃないのかい?」

あまり龍麻には話しかけない女性の態度は、京一の予想に反したが、今はそれを深く考えている暇はなかった。

「い、いえ。人違いです」

京一はあくまでしらを切るつもりだった。

「つれないねえ。昔はお前も、お前の師匠もあんなに可愛がってあげたのに・・・」
「可愛がったぁ!?」

京一は声をあげる。

「さあ、わしの前に、その愛らしい顔を見せておくれ」
「いえ。ボクはここでいいですっっ!それよりセンセー、今日は友達を診てもらいに来たんです」
「あの・・・?」

醍醐は女性に話しかける。

「ん?なんだい?ああ、わしの名前かい。わしは岩山たか子。桜ヶ丘の院長だ」
「で、私は、高見沢舞子で〜す。新宿二丁目の鈴蘭看護学校に通ってる、看護学生なの」

そして岩山は、美里に近づく。

「患者はこの娘かい?・・・これは気が弱まっているね」



岩山は高見沢に、集中治療室の準備をするように言った。そして、美里を集中治療室のベットに寝かす。やはり、霊的治療が必要らしい。

「関係のない者は、出ていっとくれ」

岩山に追い出され、一行はロビーに待機することになった。京一が気になったのは、退出際に、龍麻が部屋の方をちらちらと見ていたことである。


(・・・美里のことが気になってるのか?)


悔しかったが、今そんなこと言っても仕方がないので、心の中に閉まっておくことにした。



時間がたち、高見沢が一行のもとへと現れた。

「みなさ〜ん。院長先生から〜、お話がありま〜す」

高見沢に続き、岩山も出てくる。

「気は回復した。だが、娘の意識が戻らん」
「「「「なっ!!」」」」

一行は声を上げる。美里の意識は、徐波睡眠といわれる意識の最下層の段階に留まっているらしい。
本来なら、一つの段階に意識が留まっていることなどはなく、何者かに疎縛されている可能性があるという。

「高見沢、地図を」

岩山は高見沢に地図を出すように言われる。

「墨田区の、白髭公園付近から、気が送られてくる」
「墨田区か・・・醍醐、わかるか?」

京一の問いに対して、醍醐の答えは否。京一は小蒔を見る。しかし、醍醐と同じく小蒔も首を振る。

「わたしぃ、その辺は詳しいですからぁ、案内しましょうか?」

高見沢が申告する。京一は危険だからと反対するが、岩山に言われ、連れていくこととなった。

「遠野、お前は残って、美里についていてくれ」

しかし、杏子の答えは否。

「あたしもついて行くわ!こんな特ダネ、逃してたまりますかっ!」
「アン子、俺達みたいのは身体張って闘って、お前はその頭で、ペンで闘う。人にはそれぞれの役割ってもんがあるんだ」

京一に説得され、しぶしぶながらも承諾する杏子。

「じゃあ、行きましょうかぁ」

一行は外に出る。



「ええっと・・・醍醐君に、京一君に、緋勇くん。あなたのお名前はぁ?」

高見沢は、小蒔に問う。

「ボク?ボクは、真神学園三年の桜井小蒔だよ。・・・あれっ?そういえば、緋勇クンは?」

小蒔の言ったとおり、龍麻の姿が見られない。

「ちょっと俺、見てくる」

京一は来た道を戻る。するとそこには龍麻と・・・


(何だ、あの女は!?)


前の京一なら可愛いって言っていたが、今の京一は、龍麻に近づく奴は、全て敵と見なしている。

「龍麻ッ!!」

龍麻は京一の方を見た。

「あっ、初めまして・・・」

その女は、京一に挨拶した。

「龍麻。こいつ、知り合いか?」

京一はイライラしながらそう言った。

「あっ・・・いえ、私が勝手にそう思っているだけですから・・・あの、私、品川区桜塚高校二年の、比良坂紗夜といいます。それじゃあ・・・」

そう言って比良坂は去っていった。

「・・・?龍麻、お前顔色わりぃぞ、大丈夫か?」

確かに龍麻の顔色が悪くなっていた。

「・・・大丈夫だ。行こう・・・」

龍麻は、醍醐達の方へと歩いていく。


(ホントに大丈夫かよ・・・)



墨田区白髭公園。高見沢の案内により、一行はここへとやって来たのだ。


(ちょっと待てよ・・・?この気配は・・・)


京一は醍醐を見る。すると、醍醐は心なしか青ざめている。


(ちっ、相変わらずだな・・・)


「あー!こんにちわぁ。お久しぶり〜」

そんなことを考えていると、高見沢が誰もいないところに挨拶をしている。

「ねえ、高見沢サン・・・誰と話してるの?」

小蒔が高見沢に声を掛ける。

「あのね〜。ここの公園のいる、幽霊さん達〜〜」
「そっか、幽霊か・・・ッて!!」

小蒔はワンテンポずれて驚いている。

「お前、見えんのか!?」
「うん。・・・緋勇くん、私って、変かなぁ・・・?」

京一達の対応に、悲しくなったのか、高見沢が龍麻に問う。

「・・・そんなことはない」

龍麻は首を振って答える。

「よかった〜。緋勇君は、私のことわかってくれる人〜」

そんな受け答えをしている二人を見て、京一はイライラしていた。


(ちっ。そんな仲良さそうにすんなよな)


「と、とりあえず、この辺りを探してみよう」

そう言って醍醐は、公園外に走っていってしまった。

「おいっ!!・・・龍麻、行くぞ!」

京一は龍麻を連れて、醍醐を追いかける。

「あっ!待ってよ!!」


醍醐を追いかけていたら、裏路地へと入ってしまった。

「・・・っはあ、はあ・・・醍醐、まだ苦手なのか?」
「う、うむ・・・触れぬものは、どうにもできないからな・・・」

後ろから、小蒔達が追いかけてくる。

「三人共ッ!!・・・まったく、はぐれたらどうするんだよ!」

どうやら小蒔は、京一達が突然走って行ってしまったことに腹を立てているらしい。

「す、すまん、桜井」
「それより、高見沢サン。もうこの辺りでいいよ」

小蒔は、高見沢に言った。しかし高見沢は、

「いや〜ん。もっと一緒にいたいよ〜。ね、緋勇くん。いいでしょ〜?」

と、龍麻に頼み込む。そう言われ、龍麻は少し考えこんでいた。

「・・・いいよ」

高見沢は喜んでいる。逆に京一は、


(まだ、このピンクナースはついてくんのかよ!!)


と、高見沢を睨んでいた。

「なーに、京一?もしかして、高見沢サンが怪我して、岩山センセーに何か言われるのがいやだとか?」

小蒔は京一に言う。実際、そういう気持ちがないわけでもないが、今は龍麻のことで頭がいっぱいである。

「そんなんじゃねえよ・・・」
「まあ、とりあえず、この辺りを探してみるか」

辺りを見回しながらそういった醍醐に対して、龍麻は何かを感じ取ったらしく、一方をジッと見て囁く。

「・・・その手間は、省けたみたいだな・・・」

龍麻の視線の方向には、一人の女がいた。

「よく、あたしが来るのわかったわね」



その女は、藤咲亜里沙と名乗る。今回の事件の主犯に味方するものらしい。

「何であんなお嬢様のために、ここまで来るのかしら。馬鹿みたい!」
「なんだと!葵はボク達の友達だ!助けに来て何が悪い!」

藤咲の言葉に、小蒔はカッとなって声を張り上げる。

「友達?それこそ馬鹿みたいだわ。こんな青春馬鹿に、麗司が負けるわけないわ」
「麗司ってのが、今回の主犯か」

京一は藤咲に言う。

「ふふふっ。今からあんた達を麗司の国に招待してあげる。・・・ついてきなっ」

そういって藤咲は、廃屋に向かって歩き始めた。

「どうする?あからさまに怪しいけど・・・」

小蒔は藤咲を見る。

「今は行くしかないだろう。早くしないと、見失ってしまうぞ」

一行は、藤咲の後をついていく。

「あのぉ・・・あの人を、あまり嫌わないであげて」

突然、高見沢がそんなことを言った。

「はあ!?何でだよ」
「あの人に後ろに、男の子が見えるの。なんだか、とっても悲しいの・・・」


「じゃあ、ここで待っててね・・・」

そういって藤咲は部屋から出ていった。

「あの女、麗司の国に招待するとか言ってたよな」

京一がそう言うと、部屋の中にガスが噴出されていることに龍麻が気付いた。

「・・・やばいっ!ガスだ!!」
「どうする!?噴出口を探すか!?」

見た感じ、上から噴出されているため、小蒔と高見沢を下に伏せさせ、三人は噴出口を探す。しかし、一向に見つからず、いつしか全員意識をなくしていた。


気が付いたときには、全員砂漠にいた。

「えっ・・・ここって、砂漠・・・?」
「そんなわけあるか!」
「でも、この目の前に広がってる風景はどうなのさ!」

小蒔の言うとおり、目の前は紛れもなく延々と続く砂漠だった。

「ようこそ、あたし達の国へ・・・」

どこからともなく、先ほどの女と、青白い顔をした男がやってきた。 

「お前は・・・」

醍醐は藤咲の隣にいる男を見やる。

「・・・僕は嵯峨野麗司」

その男は、こんな場面にはそぐわないようなひ弱な声で呟いた。その横で藤咲は笑っていた。

「ボクは……葵を苦しめてなんかいない」

嵯峨野は続けて言った。ボクはボクなりに葵を見守っているんだ、と。

「なに言うんだ!葵はいま、病院で死にかかっているんだぞ?!それのどこが【見守っている】なんだよ!!」

小蒔は怒りにまかせて怒鳴りつける。

「葵が、死ぬ……?クッフフフ……そんなことあるわけない」

そういって彼らの後ろを指さした。
そこには、十字架に鎖で縛りつけられた美里の姿が。嵯峨野は、葵は永遠にここでボクと一緒にいるんだ……と薄笑いを浮かべながら言う。

「葵っ!!」

淡々と、嵯峨野が話し始めた。自分がいじめられていたこと、
そのことで既に生きることをあきらめていた自分に優しくしてくれた美里のこと、そして美里とあった日から変わった自分。

「そんなの……お前の勝手だ」

龍麻が小さく呟いた。そして、嵯峨野をにらみつけて怒鳴りつける。

「お前がいじめられていても、俺達には関係はない。俺達まで巻き込むな。お前は、逆らう力、抗う力がないから、『こういう』ところに入り込んで、
 楽をしようと、自分だけ助かろうと考えているだけだ!そんなの……自分勝手に過ぎない」

まるで自分自身に思い当たることが有るかのように感情的になる龍麻は珍しかった。
今まで、こういった感情を押さえつけていたから。

「あ、亜里沙ッ」
「いいよ、麗司。あの甘ちゃん達を叩きのめしちまいな!!」

藤咲は、嵯峨野を龍麻達にけしかける。

「いくぞ!京一、醍醐!!」

いつになく好戦的な龍麻。一人で嵯峨野の方へと走っていってしまった。

「龍麻ァ!!」

龍麻の後ろから、藤咲が自らの鞭で彼の体を狙っているのが見えた京一は、慌てて藤咲の前に躍りでた。

「てめぇの相手は俺だ!女だからって容赦しねぇぞ」
「あら、可愛い坊や。私の相手がつとまるかしら!!」

京一に向かって鞭が飛んできた。しかし、寸でのところでかわす。

『剣掌…旋ッ!!』


(ちっくしょー!龍麻を傷つけようとするなんて……ぜってーに許さねぇ!!)


いつもにも増して、剣に力が入っている。

『円空破!』

そうこうしている間に、嵯峨野との決着はついたようだ。

「ど、どうして……ここはボクの世界なのに……どうしてボクが負けるんだ…」

嵯峨野がそういった瞬間、地震が起こる。

「な、なに?!」
「麗司、やめて!」

藤咲が嵯峨野を抱き締める。しかし、まるでほかの人の声がまったく聞こえていないかのように、『ボクは…もう、生きることに疲れたよ…』と呟いていた。

「そんなこといわないで!生きるのに疲れただなんて……あの子みたいなこといわないで!!」
「藤咲さん……」
「見ろよ!嵯峨野の姿が……消えていく」

最後に藤咲をみて、静かに微笑んだような気がした。

「崩れるよ!早く、ここからでないと―――!」
「出るったって、ここは夢の中なんだろ?!どうやって……」
「静かに!……何か聞こえる」

龍麻が皆を静かにさせると、どこからか犬の鳴き声がした。

「エル……エルだわ!あたしの犬よ!」
「ということは、この鳴き声は現実から?!」



次の瞬間、龍麻達は目を覚ました。もちろんそこは藤咲によって閉じ込められていた廃屋の一室。ここには龍麻達だけではなく、藤咲、そして見たことのない犬の姿もあった。

「…よしよし、やっぱりあんただったね」

さらに奥のほうには、嵯峨野も倒れている。藤咲が言うには、死んではいないらしい。
夢の中に閉じこもってしまい、意識は戻らない可能性はあるらしいが。
辛い現実から逃げ出し、自分だけの楽園へといってしまった。
そう…かつての自分の弟のように。
藤咲は一言そういった。

「あたしの弟も、いじめられていて……この廃ビルから飛び降りて……ね」

弟のことを、ゆっくりと話し始めた。学校のいじめに耐えかねて死んでしまったこと、
いじめたやつらを探し出して、半殺しにしてやったこと、そして……

「麗司にいったのさ。やられたことは倍以上にして返してやれってね」

いじめられたやつの心の痛みは、いじめられたことのあるやつにしかわからない。
悔しそうにそういった藤咲に、龍麻はいった。

「……俺もいじめられていたことがある。暴力的にやられ、精神的にも傷つけられて……一回死のうと思った。けど……」

拳を握っていまいましそうに呟く。

「俺の身体を流れるこの《力》がそれを許してはくれなかった。今も身体中にあざが残っている」

そういって袖をまくる。そこには、青あざ・ミミズばれ・火傷の跡・切り傷など、見るも無残な傷の跡が無数に残っていた。

「…だけど俺は耐えた」
「あの子も……あの子もあんたくらい強ければ、よかったのに」
「ああーそうか!あなたの後ろにいたのって弟さんだったのね」

高見沢が突然いいだした。藤咲のことをずっと心配していた、と。

「な、なにいってんだ!てきとーなこというんじゃ……」
『お姉ちゃん―――ありがとう……』

耳に少年の声が響く。

「弘司!なんであんたの声が……!!」
「あなたは可哀想な人。だから…わたしの《力》で教えてあげる。誰にも等しく愛が振り注いでいることを――」
『お姉ちゃん、僕の分まで幸せになってね…バイバイ』
「ま、まって!」

部屋の中に静寂が広がる。

「……ありがとう、弘司……」



「結局さ……誰が悪かったのかわからなくなっちゃったよね」

小蒔が悲しそうに呟いた。

「そうだな。しかし、そういうことも、この世の中にはよくあるさ」

そういうと、醍醐は龍麻をみる。

「お前も…過去に捕われすぎないで、未来に進めるように、な」
「…余計なお世話だ」

少しだけ微笑みながらそういった。


(だ、醍醐のやろー!!俺の龍麻の笑顔を見やがって〜!!!!!)


京一も龍麻に話しかけようとすると、後ろから女の声がした。
振り向いてみると、藤咲が慌てて走ってきていた。

「あのさ、頼みがあるんだけど……あたしも、あんたらの仲間にいれてくれない?」

ね、緋勇くん、と龍麻に同意を求める。


(や、やばい…今までの経験からいって、龍麻はこうやって同意を求められると――)


「…別にかまわない」

肯いた。


(やっぱり!!雨紋のときもそうだったし……)


「ありがとっ。あたしたちって、もしかしてお似合いかもね」

龍麻みたいな男が好みだと告げる藤咲。そして、頬に軽くキスをした。


(なななななな!!)


突然のことに、京一は口をぱくぱくさせている。
当の龍麻は、一瞬固まったかと思うと、藤咲を振り払い、走っていってしまった。

「京一、葵はボク達が迎えにいくから、緋勇くんをよろしく!!」
「おおっ!!」

京一は急いで龍麻を追いかけた。

「龍麻ッ!」
墨田区白髭公園内まできて、やっと龍麻に追いついた。龍麻の肩を掴んで振り向かせる。

「どうしたんだよ、いつものお前らしくねぇ……」
「…気にするな。悪かったな」

何度聞いても理由を答えようとしない。さすがに京一もあきらめて、聞くのを止める。

「とにかく、新宿へ帰ろうぜ。お前だってうちのやつ心配してんだろ」
「―――俺は一人暮らしだ」

知らなかったのか?そういった龍麻に知らない、と返す。

「……そっか。お前は知らないんだな」

その口ぶりからするに、他の奴等は知っているらしい。

「な、なあ龍麻―――」
「何してる。置いていくぞ」
「待てって!!」


 悔しかったが、今そんなこと言っても仕方がないので、心の中に閉まっておくことにした。



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