第壱話 因果


江戸へ向かう途中の山中で、突然雨が降り出した。

ちょうど近くにあった山小屋へと慌てて走り込んだ。

その山小屋には、女が二人、男が二人いた。

しかも男の一人は大柄な僧侶のような姿だった。

村からあまり遠出したことのない龍華は、僧侶などには出会ったことはなかったので、

ほんの少しだけ恐縮した。

そして山小屋に入った龍華は、今まで歩き続けた疲れが出たのか、

ゆっくりと腰をおろしてすぐに眠りについてしまった。



山小屋で寝ていると、妖艶な女の声がして、龍華は目を覚ました。

その女は三味線をもっている、たいそうな美女であった。


「ぐっすり寝てたね。まあ、この雨じゃ寝てる以外にやることもないけどね」


隣に座ってもいいかい?その女は龍華にいった。


「かまいませんよ」

「そうかい。じゃ、遠慮なく」


龍華の隣に座った女は、三味線を膝の上において弾いていた。

山道を歩いていたら、急に暗くなって、雨が降りだしてしまったらしい。

桔梗と名乗ったその女は、あたしたちは運がいい、とつぶやいた。


「あんたの名前は?」

「……緋勇龍華です」

「へぇ、いい名前じゃないか。龍華って呼ばれてるのかい?」

「いえ。みんなからはよくお龍って呼ばれていました」


その後、出身や誕生月日などを聞かれた。


「ま、今の世の中何が起こるか分からないからねぇ。短い人生を自分の生きるように生きるのもいいんじゃないかい?そういうのもいいと思うよ」

「…そう、ですね」

「よう、姉ちゃん方」


龍華がそういったとき、山小屋にいた怪しげな男が二人に声をかけてきた。


「こんな山小屋じゃ、暇で暇で仕様がねぇんだよ。俺も仲間に入れてくれよ」

「……かまわないよ。そこへお座りな。―――そっちの二人もどうだい?」

奥のほうにいた二人にも声をかけている。

女のほうはすぐにきたが、もう一人の寝転がっている僧侶らしき男は、いびきをかいてぐっすり寝ていた。

何度呼びかけても起きる気配がないので、桔梗はあきらめた。

怪しげな男も何回か声をかけたらしいが、ピクリとも動かず、寝っ放しらしかった。


「ま、いいじゃないか」


そう言いながら三味線を弾き始めた。かなりの腕前に、女も怪しげな男もすっかり誉めていた。


「お気に召したかい」

「はい。とても上手なんですね」

「いやっ、どんな仕事でもやってみるもんだな」


怪しげな男は、へっへっへっと笑いながらつぶやいた。

それに対して桔梗は、こんな山奥で仕事って何のことだい?と問いかけた。


「大きな声じゃいえないけどよ…江戸に鬼が出るって噂、聞いたことあるか?」

「そりゃね。あんだけ噂になっていれば、否が応でも耳に入るさ」


桔梗の話によると、夜毎町では鬼が出て悪さをするとかしないとか、ということらしい。


「幕府のお偉いさんも襲われてんだろ?」


――――――!

龍華の身体が反応した。村を襲って、自分のことも襲ってきた幕府軍。

あのときの記憶がまじまじとよみがえってくる。

その龍華の変化に気付かず、男は話を続けた。


「なんでも、その鬼ってのは幕府に仇なす不貞の輩。そんな話もある」


男はそいつらは鬼なんとか衆となのっている、と言った後に、自分は薩摩や、長州あたりの奴等じゃないか、と推測しているといった。

情報を欲しがっている幕府に何かしらの情報を渡せば、報奨金が出るらしい。

そして男は、この山に鬼の面をかぶった奴等が入るのを見たやつがいると話した。

それを見にいくために、この山へきたらしい。

「そういえば…あたしも聞いたことあるよ。この山には出るってね」

「出るって……もしかして、鬼?」

「当たり。そのとおりさ」


その言葉に男は嬉しそうに言う。


「おっ、じゃあ俺の予想もまんざらじゃ……」

「そういうんじゃないよ」


桔梗は叱咤した。


「鬼ってのはね、怨念や憎悪、嫉妬とかの人の心に潜む【毒】が、その人間を変じさせたモノなんだよ」


男は無言だ。と言うよりも絶句しているという感じだが。

すると、山小屋の戸を叩く音がした。


「え―――」

「誰だろうねぇ。ひょっとしたら、あたし達と同じくこの雨にやられた奴かもしれない」

「私、見てきます」


女は外へと出ていった。それを見ながら、桔梗は呟いた。


「……鬼は人に化けるってね」

「人に?」


龍華は不思議そうに桔梗をみた。


「そう。それはたいそううまく化けるらしいよ。……もう、すぐ側にいたりしてね」

「ば、馬鹿馬鹿しい!!」

「そういえば、あの姉さん、遅いね。どこまでいったんだか」


先程出ていった女が帰ってこない。桔梗は龍華を見た。


「なぁ、二人でちょっくら見てこないかい?」

「いいですけど……」


男に留守を任せ、二人は外へ出る。相変わらず雨は降り続いていた。

女の姿はどこにもない。


「この雨じゃ、たとえなにかに襲われても、悲鳴も何も聞こえない……」


雷がなった。どうやら近くに落ちたようだ。


「やれやれ。雨に雷に。ついてないねぇ。もっとも、一番ついていないのは、あんたの方かもね」

「え……?」


桔梗は真面目な顔でこちらを見た。


「ごめんよ。恨みがあるわけじゃぁないけれど、あんたにはここで死んでもらうよ」


獣のような声が耳に響いてきた。桔梗は、再びごめんよ、と呟いた。

それと同時に異形の獣が出てきた。その異形の獣は龍華に襲いかかってきた。



「――――!!!」

「うぎゃぁぁぁぁ!!」

『はぁっ!!』


龍華は襲いかかってきた異形の獣に掌打を食らわせる。

昔兄に教わっていた技を駆使しながら着実に倒していく。そして最後の一匹までも倒した。


「―――ほう…こいつらをたおすとはな」


最後の一匹を倒したと同時に、どこからか若い男の声がした。


「女の身で、しかも何も使わずに……その技、《氣》を操るか」

「あたしがいくしかないね。あたしはあんな鬼のようにはいかないよ―――」

「まて、桔梗」


桔梗をその男が止めた。


「お前のその技、殺すには惜しい。見たところ幕府の狗でもなさそうだな」


再び出た幕府という言葉に、龍華は声をはりあげていた。


「あんなのと、一緒にしないでっっ!!!」

「ほう……貴様も幕府に恨みを持つか。おもしろい。我らと共に来い―――もちろん、否とは言わせない。逃げたら、二度と日の目を見れぬと思え」


そういって男は歩き始めた。龍華も後をついていく。

歩き始めて半刻程経った頃、雨もあがった。

そして桔梗が前を指さした。


「ほら、あれがあたしたちの村―――鬼哭村さ」


まるで自分のいたあの村のような感じがした。

暖かい、そして平和な氣が感じ取れる。

門番が男の顔を見ると、慌てて開門した。

村に入ると村人達が男に声をかけている。どれもこれも、男を敬っているような言い方だ。

男は一言挨拶をすませると、更に村の奥へと龍華を連れていく。

そこには大きな屋敷があった。


「こんなところに村があって、驚いたろう?」

「いえ。私の村も山奥にあったので」

「そうかい。ここも、いい村だろ―――」

「―――おいっ!」


桔梗の言葉に重なって、少年の呼びかけが聞こえた。


「こっちだこっち!!」


声のしたほうを見ると、何と木の上に道着姿の少年がいた。その少年は木の実を頬張りながら、桔梗に話しかける。


「そいつどっから連れてきたんだよ」

「天戒様の気まぐれさね。山氣の鬼をたおしたのをみてね」

「へぇ……」


少年は木から跳び降りて、龍華の前に立った。


「この女がね……」

「緋勇龍華っていうのさ。仲良くね」

「こんなのに倒されるなんて、山の氣が薄かったんじゃねぇ?」

「―――えいっ!」


少年に蹴りをいれる。何故かは知らないけれど、兄に教わったこの武術が馬鹿にされたような気がしたからだ。


「なんだてめぇ!いきなり蹴りいれやがってよ!!俺とやる気か!」

「ちょ、ちょっとお止め!二人とも。坊やも突っかかるんじゃないよ」


桔梗に坊やと呼ばれ、カチンときたらしく、更に大声をはりあげる。


「俺を坊やって呼ぶな!!おいお前!……えーっと……」


何やら考え込んだ少年に桔梗が付け足した。


「……緋勇龍華だよ」

「そう!緋勇ッ。俺の名前は、風祭澳継!御屋形様の右腕だ!」


そう名乗った少年は、龍華をじっとにらみつけ、


「お前にでかい顔はさせないぜ!」


と、自身満々にいった。


「よろしく、風祭くん」

「き、気安くすんな!ちょっと裏手までこいよ!!決着つけてやる!」


桔梗が忠告するが、澳継はまったく聞く気がないようだ。


「くだらない争いはするなと、常々いっている筈だが」

「くだらなかない!この新米に村の流儀を―――って!!」


振り向くと、そこには先程の男が立っている。


「随分と偉くなったものだな、澳継。俺にも教えてもらおうか、流儀とやらを」

「えっ、いや…あの」


さすが気の強い澳継でも、その男には逆らえないらしい。


「まあいい、お前にも話がある。一緒に屋敷まで来い」


そういうと男は、その屋敷の中へと入っていってしまった。




男は龍華を座らせると、桔梗に酒を持ってくるよう指示した。


「まず、俺達が何者かを教えておこうか。俺達は―――鬼道衆」

「鬼道衆って……江戸の鬼のことですか?」

「そうだ。俺になにか聞きたいことは有るか?」


龍華は少し考えてから、男に名前を訊ねた。


「俺か?俺の名は九角天戒。いまは既に失われた名だ」


九角天戒―――そう名乗った男は、龍華をジッと見つめた。それが気に入らなかったのか、澳継が大声で言った。


「御屋形様!ホントにこいつを仲間にする気ッすか?」


澳継の問いに、九角はうなづく。

それに対し、不満そうな澳継に九角はいった。


「何か不服があるか?」

「いえ……ただ、こいつの素性も分からないのに仲間にするのは危険かと」


もしかしたら幕府の密偵かもしれない。そうとも付け加えた。


「私はッ!!」


大声を出してしまった。気がつけば目から涙が出ている。


「……澳継。あやまれ」

「へっ!?なんでですか」


突然の九角の言葉に、澳継は面を食らったような顔をした。


「この女は、幕府にかなりの恨みを持っているらしい。しかも、相当辛いな……」

「坊や、女を泣かしちゃいけないねぇ」


酒を持って入ってきた桔梗も、九角に味方した。澳継は口を尖らせる。龍華も、涙を拭いてあやまる。


「突然ごめんなさい。泣き出したりして」

「かまいやしないよ。泣きたいときは泣けばいいのさ」


桔梗の注いだ酒を勧められ、少しずつ飲む。酒は立志の時に飲んだ御神酒ぐらいしか口にしたことがない。


「うむ、今日の酒は格別旨いな」


九角は満足そうに言った。それを聞いて、桔梗は嬉しそうに答える。


「あたしが昨日、町まで行って買ってきたやつだよ。……そういえば、その時妙な女にあったよ」


桔梗が会った妙な女とは、白い着物をきた歳の頃34・5らしい。

その女は、桔梗のことを鋭い目つきで見ていたらしい。

その物腰や氣の感じから、堅気ではないような雰囲気だったらしい。

そして二人は、最近の鬼道衆の様子をしばし話し合っている。

邪魔にならないよう、龍華は酒を呑み、おとなしくしていた。すると、澳継と視線が合った。


「―――」


澳継はすぐに視線をそらしてしまったが、龍華は優しく微笑んだ。


「緋勇龍華」


名を呼ばれ、九角の方を見る。


「この村に足を踏みいれた外の人間は久方ぶりだ―――この村に招かれたからには、幾つか問いに答えてもらう」


龍華はうなづいた。その返事を見て、九角もうなづく。


「お前は、歴史に記された事柄が全ての真実だと思うか?」

「……思いません」


冷静に答える。しかし、その裏にはあの日のことがしっかりと思い出されていた。

歴史が真実ならば、その事柄が全てならば――――――

あの日のことは絶対になかったはず。

幕府が小さな村を、何の特徴もない村を襲うなど、なかったはず。


「それでは、何を以って正義とするか?闘いに勝ったものか?信念を貫くものか?」

「……私にはわかりません」


正直に答える。闘いに勝って正義なのだとも思いたくもないし、

信念を貫いたからといって負ければ結局悪となってしまう―――


「正義は歴史の勝者につく称号だ。何をしていようとも、勝てば全て賞賛される。徳川を見よ。あれこそ勝者の栄華なり」


一呼吸置いて、九角は続ける。


「徳川幕府は、多くの人間の屍の上に成り立つ。幕府という名の罪人の集まりだ」


切支丹というだけで殺されていった無実の民。

この国の未来を案じたも反幕として切り捨てられた多くの志士。

徳川の私欲がために愛する者を奪われ家門を滅ぼされた者。

どれも無念の末に命を奪われ散っていった者達。

徳川に敗れたが為に歴史の陰に葬り去られた者達―――

九角は少しだけ恨みを込めていたように見えた。


「平和は、待っていても訪れぬ。勝ち取らねばならぬものなのだ」

「…………」


皆が沈黙する。ふと窓の外を見ると、空に雲が立ち込め始めた。


「…おや、ひと雨きそうだね」

「今日はもう遅い。話の続きは明日にしよう。今晩は屋敷に泊まるがよい」


部屋に案内され、床につく。疲れからか、そうそうに眠りについた。



龍華が眠りについてから約半刻程した頃。


「―――敵襲!!」


見張りの声がする。龍華は慌てて起き上がり、、部屋を出た。


「おわっ!あぶねぇなッ!!」


丁度部屋を出たところで、澳継に出会った。危うくぶつかってしまいそうだった。


「ご、ごめんなさい」

「緋勇、この際言わせて貰うけど!御屋形様はどう思ってるかしらねぇけどな、俺は―――」

「澳継様!」


何か言おうとしたらしいが、忍び装束の若者の呼び声に遮られてしまった。


「……何の騒ぎだよ!」

「ば、幕府の兵が大門を破り、村へ侵入した様子です!」

「見張りの奴はなにやってんだ」

「申し訳ありませんッ!」


忍び装束の若者が懸命に謝ってるのを見て、澳継は舌打ちした。


「おい、ひゆ―――」


澳継が振り返って龍華に声をかけようとしたとき、龍華は既に駆け出す準備をしていた。


「風祭くん、早く―――!!」

「けっ、てめぇにいわれなくたってわかってる!」




走りながら、入り口付近に馬に乗った男がいるのが見えた。


「あいつか?!」

「澳継様!今、御屋形様が―――」


見ると、その前には九角が立っていた。何やら男と話しているらしい。


「妻よ〜わしはやったぞ!!」

よくよく話を聞いてみると、くだらないことばかりいっていた。

あきれた澳継は、「御屋形様〜こいつ殺っちゃっていい?」とまでいっている。愚かだ何だとうるさかった。


「この村の場所を知っているのはお前だけか?」

「当然」

「他に兵は……」

「いない。情報集めでほとんど金を使い果たしてしまった」


九角はフッと微笑した。


「な、なんだ」

「これ以上他の人間に、この村の存在を知られるわけにはいかない。お前らにはここで死んでもらう」


そういいながら、九角は澳継と桔梗、そして龍華にも目くばせをした。つまり、一人たりとも逃がすな、ということだ。


「わかってるって。行くぜ、緋勇ッ!!」


さっきまでいがみあっていたというのに、澳継は龍華に合図を送る。龍華も澳継の後をついて、敵の方へと走りだした。



『いくぜッ!――陰たるは天昇る龍の爪!!』

『陽たるは、星閃く龍の牙!!』

『伝えられし龍の技、見せてやるぜッ!!』


目をくばせたあと、同時に叫ぶ。


『秘奥義・双龍螺旋脚ッッッ!!!!』



敵10人を倒すのには、そうは時間もかからなかった。


「へッ、雑魚がッ。いきがるからだぜ!」

「ば、馬鹿なっ。このような輩に負けるとは!」


男は馬にのり、逃げ出そうとする。


「今日のところは引き分けにしておいてやる!今度はこうはいかぬぞ」

「……お前に今度はない」


その台詞を聞いた瞬間、男の顔が一変した。命ごいをはじめたのだ。

九角はしばらくその言葉を聞いていたが、一太刀で切り捨てた。

村人達が歓声をあげて周りを囲んだ。


「緋勇。これが徳川の姿だ。結局は自分の命が惜しい輩ばかりだ」


こういうことが平気でまかりとおる。今の徳川の姿。

龍華も、怒りを覚えた。


「…こういう人がいるから、私の村も、兄様も―――!」

九角はフッと笑った。


「今すぐとは言わない。この村に留まり、考えるがよい。我らと徳川―――どちらに義があるかを」


そういうと九角は桔梗を連れて屋敷へと戻っていった。

残った澳継は、龍華に声をかけてきた。


「結構やるじゃねぇか」

「そんなことないよ。君もすごいね」

「あたりまえだろ!…お前といると調子狂う。さ、戻るぞ!!」


歩き出していった澳継について龍華は屋敷へと戻っていった。



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